~昭和ノスタルジー②~ 銭湯と入れ墨

 昨日の鯨の話に続いて、思いついたことが有りましたんで、勝手にシリーズ化させていただきましたw 
まったく、平成も終わりだというのに、今時分なんで? その手の突っ込みはご容赦ください。
 以前の記事で触れたかも知れませんが、私はシャワー派でありまして、マンションの浴室に湯舟はなく(中古物件入居時に残っていた湯舟を、リフォームついでに撤去)完全にシャワールームと化しています。8畳と6畳の和室に10畳相当のDK付き。つまり和風2DKなのに、ここだけは西洋w
 それでも、たまにはどっぷり浴槽に浸かってみたいなぁ・・・、という気分になって数か月に一度くらいの頻度で、スーパー銭湯に入りにいくことがあります。いまではもう当たり前なのですが、必ず見かけるのが「入れ墨のある方の入浴は固くお断りします」との張り紙です。「まあ、そりゃそうだろ」くらいにしか思わず、軽く一瞥するのが常でありましたが、ある日、思い出してしまったんですね。何を? 遥か昔、子供の頃のお話です。

 昭和50年代くらいまで、都市部では、風呂付きの家は意外と少なく。みんな銭湯に通っているのは普通にあることでした。筆者も8歳で風呂付の一戸建てに引っ越すまでは、社宅住まいでした。その社宅には風呂は備わっておらず、住民はすべて銭湯通い。給料日前のピンチは銭湯をやめて、沸かした湯をバケツに張って足湯。そして濡れタオルで体を拭うという荒技を使っていたものでしたw
 そんなピンチの時を除けば、ほぼ毎日が銭湯通いで、中に入ると、背中に綺麗なアートを施したおっちゃん達がチラホラと見かけられたものです。遥か昔の、物心がついたかついてないか、記憶に残っているか残っていないか・・・そうこう考えると、5歳ごろのことでしょうか? 何も知らない怖い物知らずの子供でした。
 社宅のなかの親しい子らが連れだって銭湯に入った時のこと。初めて? 背中に綺麗なアート(入れ墨)を施したおっちゃんが洗い場で体を洗っていました。その怖いもの知らずの子供は、ターッとおっちゃんのもとに走り寄り・・・

「おっちゃん。綺麗な絵やなあ。このお花なに?」
「知らんのか? 桜やがな」
「どうやって背中に描いたん? エンピツ? クレヨン?」
「ちゃうがなw 鎌みたいな尖ったやつでちょっとづつ色いれてもろたんや」
「描いてもろたん?」
「自分では背中に描けへんやろ? ほかのもんに描いてもろたけど。これがなあ。チクチクとめっちゃ痛いんや」
「えー。そんなに痛いん? ボクにはムリやー」

 などというやりとりのあと、「ほな、おっちゃん先にあがるからな・・・。ボウズちゃんと100まで数えて入るんやで。風邪ひくで」みたいなことを言い残して行ってしまいました。ウソでも作り話でも妄想でもありません。ちゃんとした記憶として残っている実話です。あのときのヤーさんも、色々いらんことを聞かれてうっとうしかっただろうに、ちゃんと返してくれたんですね。相手がこどもだったからなんでしょうが・・・。
 家に帰ってその話をしたら、親に怒られました。「そんな人に声かけたらあかん」とか「入れ墨入れてる人は怖いねんで。平気で人殺したりするねんで。わかったな」などと。やさしい印象のおっちゃんだったのに、入れ墨=ヤクザ=怖いの方程式が幼心に刻み込まれた瞬間でした。それ以来、銭湯で、背中に綺麗なアートの入ったおっちゃんを見かけると、視線を伏せたり、隙を伺ってチラ見するようになりました。

 別に、入れ墨を入れてるような反社会的勢力の人々を擁護する気はさらさらありませんが、昭和のヤーさんというのは、現在よりも心に余裕があって。堅気の衆と共存するとか、堅気の衆には絶対手を出さない。ましてや子供相手ならなおさら。ワシらはヤクザもんやが、ギャングやマフィアとは違うんや! みたいな矜持を持っていたのではないかな? と、ちょっと思ったりもします。
 それから、外国のアスリートやアーティストでタトゥー入れてる人結構いるじゃないですか? 入れ墨=悪の方程式を刷り込まれてしまった現在、あんまりいい気持ちがしないんですが、どう考えたらいいのでしょうか? 正直よくわかりません。

 

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